法要を行う時期。施主が理解したい初七日からの基礎知識

法要を行う時期。施主が理解したい初七日からの基礎知識
法要は、初七日や一周忌法要など、これらの法要に参列した経験のある方は多いですが、実際に自分が施主となって法要を営むことになったら、分からないことがたくさんありますよね。

喪主となってからたった一週間で、すぐに初の法要である初七日が訪れます。その後も四十九日と、施主になると悲しむ間もなく、次々と法要の機会がありますが、どれも作法を重んじた、日本人にとっては重要なもの。

施主とはお布施をする主を意味し、法要においてはその準備を進めたり、文字通り僧侶へお布施を渡すなど、一切を取り仕切ることになりますから、法要に対して何も知識がないままでは戸惑うことも多くなってしまいます。

そこで今回は、初七日法要から始まる故人の法要について、施主になったら覚えておきたい、基礎知識をお伝えします。もしもあなたやあなたのご家族が施主となった時に、お役に立ててください。



 

法要を行う時期。
施主が理解したい初七日からの基礎知識

 

法要を行う日


法要とは、主に遺族が故人の供養のために、僧侶にお経をあげてもらうことを指し、「追善供養」とも言います。

【 法要と法事の違い 】

■ 「法事」という言い方もありますが、これは本来は法要の後の会食までを含めたものを指していました。

・ しかし現在はどちらも、故人の冥福を祈るための仏教儀式という捉え方で考えれば、ほぼ同じ意味で使われています。

供養とはそもそも、仏さまにお経やお香・花・飲食物などを心から捧げるという意味なので、日常の中で仏壇にお線香をあげて手を合わせるのも、お墓参りをして花を手向けるのも供養となります。

ただし、法要に関しては行う時期が決められている点が違うのです。それを以下に簡単に説明します。なお、法要の時期は命日を含めて数えるのが一般的ですが、関西地方では命日の前日から数える地域もありますので、寺院や親戚の方などに確認を取っておくと安心です。

中陰法要(初七日~四十九日)


「浄土真宗」を除く仏教の考え方では、人は亡くなると没後49日目までは成仏せず、魂が現世と来世の間をさまよっていると言われます。この時期を中陰(中有)と呼びます。

この時期には、7日ごと7回の故人の生前の罪を裁く審判があり、最後の7回目の審判(=没後49日目)をもって、次に生まれ変わる世界が決まるとされますが、故人にとって良い判決が下るよう、審判の日ごとに生きている者が、追善供養を行うと言う理由から、今の風習に至ります。

追善は生きているものの善行を、亡くなった方に追って与えるという意味ですから、審判員に届くようにお経をあげて故人の供養をすれば、それだけ故人がよりよい世界に生まれ変わる可能性が高くなる、という訳です。

その日程は次のようになります。

○ 初七日(しょなのか・没後7日目)

・ 「初願忌(しょがんき)」とも呼ばれる、中陰に入ってはじめての法要です。

没後7日目に行われるのが正式ですが、葬儀の数日後にあたることが多いため、現在では遺体を荼毘に付した後、お骨を後飾り祭壇(中陰壇)にお迎えする際の儀式、「還骨勤行(かんこつきんぎょう)」の後に続けて行うケースが多くなっています。

初七日法要では、僧侶にお経をあげてもらい、遺族や親族、友人・知人などで供養をします。そして法要後に会食を行います。

【 初七日後の、追善法要 】

○ 二七日(ふたなのか・没後14日目)→「以芳忌(いほうき)」とも

○ 三七日(みなのか・没後21日目)→「洒水忌(しゃすいき)」とも

○ 四七日(よなのか・没後28日目)→「阿経忌(あぎょうき)」とも

○ 初月忌(しょがっき)→没後の最初の月命日で、立日(たちび)とも呼びます。

二七日~初月忌は遺族で供養をしますが、読経は省略することが多くなっています。

【 初月忌(しょがっき)後の、法要 】

○五七日(いつなのか・没後35日目)

・ 「小練忌(しょうれんき)」とも呼ばれます。この日は冥界の王である、閻魔大王の審判の日と言われています。

この日は、遺族で供養をする日ですが、地方によってはここで忌明けとする所もあり、その場合は遺族や知人などで供養を行った後、会食をします。

【 五七日(いつなのか)後の法要 】

○ 六七日(むなのか・没後42日目)
⇒「檀弘忌(だんこうき)」とも呼び、遺族で供養をします。

○ 七七日(なななのか・没後49日目)
⇒俗に四十九日とも呼ばれる、最も重要な法要の日です。「大練忌(だいれんき)」とも呼ばれます。この日をもって、故人が次の世界に生まれ変わるので、忌明けとなります。

四十九日に納骨をして、納骨法要を一緒に行うケースが多いのも特徴的。この日は儀式を省略せずに僧侶にお経をあげてもらい、遺族や親族、友人・知人などで手厚く供養をし、法要後は会食を行います。

 

百箇日法要(没後100日目)


【 百箇日法要(没後100日目) 】

■ 百箇日法要は、これまでの「中陰法要」とこれからの「年忌法要」を結ぶ法要です。

・ 「四十九日をもって、故人が次の世界に生まれ変わるのなら、もうそれで終わりなのでは?」と思われるかも知れませんが、前の項で述べた通り、これは仏教の考え方によるものです。

この百箇日と年忌法要の「一周忌」「三回忌」の3回の法要については仏教ではなく、中国の儒教の祭祀の考え方が基になっていて、冥界の十人の王に審判を受ける「十王信仰」に基づいています。

つまり、まだ供養を続ければ、故人がより良い世界で幸せに暮らすことができる、ということになるのです。なお、百箇日は「卒哭忌(そっこくき)」とも呼ばれます。

これは「声を上げて泣く(=哭く)のを終える(=卒える)」という意味で、遺族の悲しみも癒えてくる時期でもあるからです。百箇日は遺族のみで供養をすることが多いものですが、「偲ぶ会」や「お別れ会」をする場合はこの日に合わせて行うことがあります。

■ なお、忌明けからこの日までに、遺品の整理や形見分けなどの雑事を済ませる、節目の日でもあります。

 

年忌法要(一周忌~)


年忌法要は、毎年巡ってくる故人の命日「祥月命日(しょうつきめいにち)」に合わせて行われる法要のことです。「一周忌」と「三回忌」は四十九日に次いで重要な法要と言われますので、親族や知人を招いて規模の大きな法要を行いますが、その後の法要は縮小していくことが多いものです。

なお「七回忌」以降の法要は、日本で独自に付け加えられたものです。このことも合わせて以下にお話しします。

○ 一周忌(没後満1年)

・ 僧侶にお経をあげてもらい、遺族や親族、友人・知人などで供養をします。そして法要後には会食を行います。

一般にこの日までが喪中とされています。また、新しくお墓を用意した場合、この日に納骨を行うケースが多くなっています。

○ 三回忌(没後満2年)

・ 三回忌以降は数え年の数え方になるので、没後の実際の経過年数に「1」を足したものになります。

この法要も僧侶にお経をあげてもらい、遺族や親族、友人・知人などで供養をした後、会食を行うのが一般的です。そしてこの法要を最後に、法要の規模が小さくなります。

○ 七回忌(没後満6年)

・ これ以降は遺族のみで供養をし、お経は省略するのが一般的です。七回忌は、三と七を重視する儒教の考え方に基づいています。

○ 十三回忌(没後満12年)

・ 三を重視する考え方の他、十二支が一巡したことに基づいています。

○ 十七回忌(没後満16年)・二十三回忌(没後満22年)・二十五回忌(没後満24年)・二十七回忌(没後満26年)

・ 十七回忌・二十三回忌・二十七回忌は、三と七を重視する儒教の考え方に基づき、二十五回忌は干支が二巡した考え方に基づいています。

○ 三十三回忌(没後満32年)

・ この日をもって、年忌法要の終了とするのが一般的です(このことを「弔い上げ」と言います)。

三十三回忌を迎えれば、故人が仏さまから神さまとなって、もしくはご先祖さまの仲間入りをする、と考えられているからです。

なお、三十三回忌以降も三十七回忌・四十三回忌・四十七回忌・五十回忌と続けて供養を行い、以後50年ごとに百回忌、百五十回忌…と続けることもあります。

 

法要を行う時期のお話はいかがでしたでしょうか。仏教が日本に伝わってから様々な方面の教えや考え方が加わり、法要が行われる時期が決まったことに驚くことも多いのではないでしょうか。

すべては、故人が来世でも幸せであるように、残された者たちが懸命に願ったことが、このような形となって今に伝わっているのです。法要は故人の冥福を祈るとともに、故人を偲んで今生きていることに感謝する日、とも言われています。

特に大きな規模の法要であれば、それだけ多くの人が集まることになりますから、故人が結んでくれた縁に、みんなで感謝することもできるはず。

施主となったら、法要を執り行うのも大変ではありますが、その意味を大切に取り組んで、故人を偲び弔ってください。

まとめ

法要の意味とは

・法要を行う日には意味がある
・「中陰法要」は故人が良い世界に生まれ変わる法要
・「百箇日法要」は「中陰法要」と「年忌法要」を結ぶ法要
・「年忌法要」毎年巡ってくる故人の命日に行う法要